「これは塗香(ずこう)と言います。どうぞ手の平に擦り込んでください。」
お寺で、耳掻き一杯程度の塗香の粉末をいただき、手に刷り込みました。
少量の粉末はすぐに手に馴染み、手品をしたかの様に消えていきました。
そして、なんとも言えないいい香りが漂ってきました。
こうして文字で見ると塗香とは何か概ね察しがつくかもしれません。
体に香を塗って「ケガレ」を除こうとするもの。いくつかの香木(白檀など)の粉末をブレンドして作られ、粉末状のものと練られたものがある。子どもに言わせると「古くさい神社の香り」らしい。
最近では、芳香剤や消臭剤、ファブリーズという言葉は耳にするものの、「塗香」という言葉はまず耳にする事がありません。
ところが、こうして「塗香」に触れると先人も香りを楽しんでいたのだろうか?などと思いを馳せてしまいます。
この時、私に塗香を下さったお坊さんは、柑橘系の香りが好きなので、自分で塗香をブレンドする時には、みかんの皮を多めに入れるなどと言われいました。
なぜ、塗香を人々は使うようになったのか?先人の知恵に触れてみたいと思います。
そもそも、塗香はなぜ誕生したのだろうか?
塗香の起源はインドです。
現代ほど科学が進歩していなかったころの事ですから、人々には怖いものがたくさんありました。
もちろん、現代でもまだまだ怖いものはありますが…。
- 病気、怪我
- 天災(洪水・地震など)
- 飢餓
例えば、病気が流行ったとしましょう。
ところが医学もまだまだ進歩していない状態ですから、ウィルスが広がっているために病気が流行っているという考え方にはなりません。
- 何か悪い事をしたからではないか?
- バチがあったのではないだろうか?
こうした考え方が主流だったのです。
その様な理由から、当時は、精肉や葬儀などに関わる人を特別な存在として見たようですが、この「生臭い」匂いでさえも、塗香を用いることで消すことができるために、「塗香で清める」などと言われるようになったと考えられています。
この考え方は、現代でも料理の「生臭さをとる」などといった場面でも活かされています。
つまり、「塗香」は、嫌な匂いを抑えると同時に、人々の恐怖心も和ませるという大きな役割を果たしていたのです。
料理と香りの関係については、ネギの力で唐揚げを柔らか・ジューシーにする【仕組みを解説】の記事でも解説しています。
塗香はどの様にして作られるのか?
では、塗香はどうやって作られているのでしょうか?
原材料は、香木(こうぼく)です。
香木とは、心地よい芳香のする木材のことですから、「あぁ、木のいい香り」と感じられる場所、例えば神社や無垢で施工された部屋、お城などは、香木でできていると捉えてもいいかもしれません。
いい状態の杉で施工された部屋はとてもいい香りがしますから、私は、杉も香木だと言っていいかなぁと思っています。
一般的には、次の様なものが有名です。
- 白檀(ビャクダン)
- 沈香(じんこう)
- 桂皮(シナモン)など…
これらを乾燥させて、かなり細い粉末状にしたものが塗香の原材料になります。
あとは、自分の好みでブレンドするだけですから、粉末状の香木が手に入れば、誰でも塗香を楽しむことができるわけです。
塗香を手にいれる方法(材料を手に入れる)
京都なら山田松香木店が有名です。
実際に、店内を見渡すと、お香の種類の多さに驚かされます。
下の写真の奥にたくさんの引き出しがありますが、全ての引き出しに香木をはじめ香原料が種類ごとに分けられてしまわれています。
香木の粉末を購入すると、上皿天秤で計量してくださいます。
そんな様子や店内の雰囲気を眺めていると、昔の薬局はこんな雰囲気だったのだろうか?なんて思います。
店内に入るだけでも、癒された感覚を味わうことができるのが、不思議でもあります。
オンラインショップもあります。
なぜ、近年は塗香が用いられず、芳香剤が活躍するのだろうか?
塗香に触れると、その素晴らしさと奥深さに感激するのですが、近年では「塗香」という言葉すら日常に用いられる事はありません。
香りをつけるものと言えば、香水や芳香剤・消臭剤がパッと思い浮かぶものです。
しかも、これらを利用をしている人は、大変多く、かなり大きな市場とも言われています。
芳香剤に関する記事はこちらにも書いています。
一部には、スプレー型の芳香剤は健康上に大きな問題があるかもしれない…などと言われているにも関わらず、次々と新しい商品が発売されて行っています。
それなのに「塗香」がなぜ知られていないのでしょうか?
これには、「時間」と深い関わりがある様に思います。
香木が香りを放つ理由とは?
なぜ、木々や植物が香りを放つのか?
それは、一言でいうと「生命を守るため」です。
香りによって生命を守る最も有名なのが、クスノキです。
クスノキの葉をちぎって臭いを嗅ぐと、防虫剤の臭いがします。
最近では、あまり聞かれない言葉ですがクスノキは「樟脳(ショウノウ)」として古くから利用されていました。
クスノキから採った、芳香のある揮発性の白い半透明の結晶。
クスノキは、虫から自分の身を守るためにあの臭いを放つ事をしたのです。
そしてその性質を上手に私たちも利用していたのです。
他の香木も「生命を守ること」と深い関わりがあります。
匂いのある樹脂が出されたおかげで、不健康状態だった木は腐らずにそのまま残ることができるのです。
つまり、香木の香りは、命を守る香り。
そういう意味でも、先人たちは、塗香を「キヨメ」に用いたのかもしれません。
ただ、こうした自然の香りが出来上がるには、膨大な時間が必要となるわけで、今すぐ!早く!というわけには行きません。
ただ、
これは一つの真理かなぁと思いながら、10年が経過しても杉の香りがする部屋で、こんな文章を書いています。
やっぱり少し複雑性が感じられる方が味わい深い
子どもに塗香の香りの感想を求めると「古くさい神社の香り」と言われてしまいました。
確かに、いくら柑橘系の粉を多めにブレンドした塗香と言っても、おやつで食べる「グミ」の様な爽やかでフルーティーな香りはしません。
「グミ」の香りは、単純でとても分かりやすいですが、いつまでも飽きが来ないかと言えば、そうとも言えない様な気がします。
一方、塗香の香りは、随分複雑な印象を受けます。
塗香が好きだと言われる方の多くは、年配の方が多い様ですが、長く生きてこられた様々な経験と香木が時間をかけて作りあげた複雑な香りとが重なる部分が多いためかもしれません。
子どもだった頃、昆布や煮干しで出汁をとった味噌汁よりもインスタント味噌汁が衝撃的に美味しく感じたものです。
ところが、今は、圧倒的に昆布や煮干しで出汁をとった味噌汁の方が美味しくてたまりません。
塗香は、そんな事まで思い出させてくれたのです。
こんな事を書いていると、少し歳をとったのかなぁ…なんて思いますが、いやいや、人生が豊かになったって事だ!って思う様にしています。