ここで紹介しているような自然満載の家で暮らしていると、

出会う方々も少しずつ変わってくるものです。

「住まいが変わると感性も変わる」でも紹介したように、

食生活も変わり、畑も楽しんでおります。

そんな畑の仲間の一人にアパレル業界の方がいらっしゃるのですが、

彼が、我が家に来て「安い服には安いだけの理由があるで」と言うのです。

 

別に私はオシャレなブランドが好きでもないですよ。

 

服には様々な思いがあったり、好みがあったりするものだと思います。

生地の感触、色、形状、ブランド名…など意識するという方もいれば、

とにかく良いものを買って長く着ようと考える方もいるでしょう。

でも、私のように特にこだわりがなければ、

まぁ、安いものを買って、ボロボロになれば買い換えれば良いかなぁ…

という方も多いことでしょう。

 

近年、不況ですから、本当はそこにもお金を掛けたいところだけど、

グッとこらえて我慢しているんだよ。という方もいらっしゃることでしょう。

 

 

ちょっと考えたら綿100%が1000円以下って変でしょ。

 

彼は自分の営業成績を上げたいからこうした話をした訳ではありません。

彼が良いよと勧めてくれた服は、

全く彼の仕事と関係のない会社のものですから。(笑)

彼は、こんな話をしてくれました。

 

有名ブランドの服が絶対に良いものだとか、そんな事を言うつもりはないんだ。

ただ、最近安い服でもそれなりに良いものだと思って買う人が多いやろ。

安くて、新しいものが買えるとなると嬉しいのはわかるけれど、

それを買えば買うほど、人が死んで行くって分かるか?

 

少し考えた分かる話なんだけど…

綿100%の服を作ろうと思ったら、

綿花を育てないといけないでしょ。

それを今度は糸にして、そして生地にする。

それから、縫製をして服にする…

もちろん、機械を使って効率よくできる部分もあるけど、

普通なら効率よくできない部分が綿花を育てるところやろ。

 

これ流通や販売ショップの維持費とか考えてみたら…

1000円の服の原価は恐ろしい程、低価格になるのは分かるやろ。

それで、犠牲になるのは綿花を育てている地域の人や。

頑張って綿花を育てても害虫が発生したら、商品が作れない。

だから、人よりも綿花が大事にされているってことが起きている。

 

まぁ酷いもんや。

 

きつい農薬を撒いてそれを現地の人が吸引していようがお構いなし。

もちろん、そんな物が肌についたら肌はボロボロになるわな。

で、その農薬は地面に入って行って川に流れていくわな。

そんな作業を現地の人は、安い値段でさせられているんや。

こうして、地面が汚れてしまったら、

元に戻るにはとんでもない期間が必要なのは何となく分かるやろ。

 

そうして安い服ができているけど、

そこまで考えて服を買う人は少ないだろうな。

 

でも、俺は安い服って損だと思うけどな。

 

ホンマにいい服っていうのは、何年も着れるやろ。

Tシャツですら、いいのは10年着ても大丈夫や。

 

悲惨な綿を使って安いTシャツ作って、

1〜2シーズンでダメになってその都度買い直すくらいなら、

ドン!っとホンマもん買って、

自慢げに高級Tシャツを普段づかいしていたら、

それだけでも格好ええやん。

 

俺は人が病気になったり死んだりしてまでして

作らされている農薬まみれの服を子どもにはよう着せんなぁ。

そんな服を着て、アレルギーが辛いとか、肌が痒いとか…って

そりゃ、当たり前のことやろ。

 

建物業界もアパレルの業界も似たようなところがあるよなぁ。

 

何でもいいものは、長く使えて、

長い目で見ると…経済的でもあることは確かなようです。

 

何より、ものづくりにおいて、

誰かが病気になる、命を落とす…なんていう犠牲があるものを

自分が使って幸せを感じるとか、最高に満足するということは、

自然の流れに反する気がするのは私だけでしょうか。

 

通常ならこんな話をすることも滅多にないけれど、

我が家を見て、彼はこんな話がしたくなったと言ってくれたのです。

施工 京都・ハウス工房

 

 

【参考ページ】

インド綿花産業と農薬(外部リンク)